A Futurist's blog

ぐーたら☆Futurist(フューチャリスト)のカールバーグの世界へ ようこそ

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1月も夏目漱石 人気

昨年の8月に、当ブログの夏目漱石の記事へのアクセスが、急増し、びっくりしましたが、その後は、平常に戻り、いわゆる季節要因というものかと納得した次第ですが、1月にも、同様の、夏目漱石現象が起きました。8月ほどではないですが、ブログ全体の週刊ベースのアクセスで、漱石関連記事が最上位に来てしまいました。
日本人は、盆と正月は、メンタルが、いつもと変わってしまうんでしょうか?不思議な感じがします。

ちなみに、アクセスの多い記事は、

夏目漱石 「こころ」

初詣と夏目漱石

です。
もしかすると、日本人は、盆と正月だけ、ルーツとしての日本人に回帰するが、すぐに、しらふに戻って、娑婆のマネーやビジネスの生存競争に身をまかせるのが、いまなのかな、と思ったりするカールバーグでした。

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Futuristの日々雑感 | コメント:0 | トラックバック:0 |

8月は、夏目漱石の季節か?

最近、急に、当ブログの夏目漱石について書いたページへのアクセスが増加した。
8月に入って、その勢いが増し、いまや、毎週のアクセスの最も多い記事になっている。驚きである。
ブログAuthorは、今年の一月に、夏目漱石の「こころ」について、ふたつ記事を書いた。

=記事1=>初詣と夏目漱石

=記事2=>夏目漱石 「こころ」

である。
ブログAuthorは、Futuristとして、生まれながらにして、フィナンシャル・フリーダムを獲得したラッキー・ボーイの心の物語であり、それが何故日本の国民文学として評価されているかという観点から、読み解いた。
書いた直後は、大したアクセスはなかったのだが、時間が経つにつれ、アクセスが増えるという珍しい現象だ。
なぜだろう。
最近、日本の過去の著名作家の小説が人気という話もあり、そのトレンドで、読者層が厚くなっているのか。
また、7月8月は、学校の夏休みなので、読書感想文の題材に、漱石の小説が好まれているのかも知れないと思う。
たしかに、夏目漱石、こころ、あらすじ といったキーワードで検索してくる人が多い。
真の原因は、不明。
どちらにしても、これだけ、アクセスが多いと、このブログのFuturistブログとしての、方針(スタイル)に影響を与える可能性を感じる。
つまり、人々は、お金や経済のことも大切だけど、日本人としての「こころ」の問題について、真剣に考えたいのではないか。
ビジネス書や、理論の書よりも、もっと自由な小説の世界を求めているのではないか。
もちろん、単に、このブログのほかの記事が、つまらないだけと見るのが普通だろう。
どちらにしても、漱石のような優れた作家の作品について、より多くの研究時間を割いてもよいような気がしてきた。もちろん Futuristとして。


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夏目漱石 「こころ」 

前回の記事で、漱石の「こころ」のあらすじを書いた。ブログAuthorは、別に漱石のファンでもなく、また、このブログは、文学ブログでもない。したがって、文学派の方々から見れば、とんちんかんな意見にみえるかもしれないが、日本の未来を思考するための、基本的なデータだと考えてみたい。「こころ」をFuturist的に読み解くと、キーワードは、フィナンシャル・フリーダム と 日本人の倫理性と 明治という時代性だと思う。

物語上、重要な思想の語り手は、”わたし”から”先生”と呼ばれる人物として設定されている。最後には、明治天皇の崩御にあわせて、自殺するのだが、”わたし”に長文の遺書を残す”

私は暗い人世の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけてあげます。然し恐れてはいけません。暗いものをじっと見詰めて、その中から貴方の参考にあるものをおつかみなさい。私の暗いというのは、固より倫理的に暗いのです。私は倫理的に生まれた男です。また倫理的に育てられた男です。その倫理上の考えは、今の若い人と大分違ったところがあるかも知れません。然しどう間違っても、わたし自身のものです。...(中略).....わたしは今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔を浴びせかけようとしているのです。私の鼓動が停まった時、あなたの胸に新しい命が宿る事が出来るなら満足です。


現代人の感覚からは、そもそも倫理というものが、実感しにくいものであり、そのうえ、資産家のぼんぼんの労せずして、フィナンシャル・フリーダムを得ている”先生”のストーリに、なぜ、国民文学といわれるような評価がされているのだろう。
それは、ひとことで言えば、明治という時代の中で、欧米列強との国の存亡・盛衰を賭けたせめぎあいのなかで、こころのアイデンティティという課題が消えずに残されているからであり、フィナンシャル・フリーダムは、こころの問題を浮かび上がらせるための舞台装置なのだ。

欧米列強とのせめぎあいのなか、日本人のこころのアイデンティティは、どこへ隠れて生きていたのか。明治の文明開化のなかでも、それは、容易に欧米近代文化に溶け込むものではなかった。

漱石の提示した問題は、より暗く悲惨な形で、第2次世界大戦の日本の精神状態へつながって行く。
日本の敗戦のあとも、”日本”は解体されることはなく、奇跡の経済復興を遂げた。だが、ここで問うべきは、日本人のこころのアイデンティティは、どこへ隠れて生きているのか?そして、それは、どこへ向かっているのか?である。

もしかしたら、グローバリゼーションのうねりの中で、アイデンティティすら解体する運命にあるのだろうか?

未来の日本人が、早いか遅いかは別として、フィナンシャル・フリーダムを獲得したあとに、どういう生き方や考え方を選ぶかもFuturistとしての関心事である。

漱石さん、ダンディですね↓
200px-Natsume_Soseki_photo.jpg



日本の未来 | コメント:0 | トラックバック:0 |

初詣と夏目漱石

あけましておめでとうございます。
今年も”A FUTURIST's Blog"をよろしくお願いします。


今年は、明治神宮へ初詣に出かけた。
明治神宮は、明治天皇の崩御を悼み、渋谷区代々木に建設された。
明治天皇

人波にもまれながら、参拝したあと、表参道ヒルズの初売りセールを冷やかして、南青山まで、ぶらりと散歩した。
ちょうど、夏目漱石の「こころ」を読んでいるところだったので、妙なリアル感があった。
「こころ」は、Futurist的にいうと、

生まれながらにしてフィナンシャル・フリーダムを与えられたラッキー・ボーイの物語であって、20歳のとき、資産家の親が死んで、膨大な遺産を相続したが、信頼していた親戚に相続資産の大半を騙し取られて、人間不信に陥ったが、それでも、まだ、十分フィナンシャル・フリーダムは維持できていた。優雅な学生生活を送りながら、下宿の若い娘を好きになったが、親しい友人との間で、三角関係となり、うまく友人をだしぬいて、娘と結婚することになったが、気の弱い友人は、人生をはかなんで自殺してしまう。その後は、自分が卑怯ものだったという罪の意識から、なにもする気もおきず、フィナンシャル・フリーダムを基盤として、プータロー暮らしを続けていたが、明治天皇崩御に連動して、自殺する。


しょせんは、金と色恋沙汰にまつわるいざこざの話しなのだが、妙に、日本人の暗くて深い自死へ向かう倫理感をうまく表現していると思う。とくに、死を天皇とか象徴的存在に容易に連動させてしまう傾向が不思議に日本的だ。漱石については、あとでまた論じたい。
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