A Futurist's blog

ぐーたら☆Futurist(フューチャリスト)のカールバーグの世界へ ようこそ

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当ブログのアフィリエイト成績

当ブログは、書籍を引用したり、紹介したりする場合に、便利なので、Amazonのアフィリエートを使っています。画像や、本のタイトルが、きれいに、埋め込めるんですね。
それでも、やはり、このブログの内容からして、誰も、このブログのアフィリエートから、本を買わないだろうと思っていました。買ってもらおうという期待はもっていないのが、現状です。
実際、ときどき、Amazonから、送られてくるレポートでも、売り上げは、ほぼZEROです。
ところが、ときどき、なんだか数字が入ってくるのです。
そこで、疑問を持って、調べてみました。




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Futuristの日々雑感 | コメント:0 | トラックバック:0 |

標準年齢で、分類されることの不快

年齢で、人間の能力とか、未来を判定することについて考えてみます。
後期高齢者医療制度の、75歳で、全国民を分類してしまうことには、国民的な議論として、賛否両論あります。
また、日本の雇用慣習の中で、定年制度の多くは、60歳を定年としていますが、大前研一氏などは、50歳以前と以後では、仕事への姿勢を変えて、ペースダウンしたほうがよい、と主張しています。
さらに、ブログAuthor(カールバーグ)の接点のある某組織においても、定年は60歳ですが、50歳以上に対しては、退職しやすい(させやすい?)仕組みをつくろうとしているようにも、見えます。
こういった、50歳、60歳、75歳が、なぜ、この数字なのか、一律に、多様な個人に当てはめてよいのか、という点について、あまり、納得のいく、わかりやすい根拠や思想が示されていないように思います。


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世界の枠組みについての未来 | コメント:0 | トラックバック:0 |

大前研一の成功と敗北とは なんだったのか その3 孫悟空の冒険

大前研一氏については、何度も記事を書いてきた。
その過程で、気がついたことをベースに、思考を進めていくと、ひとつの仮説が浮かび上がってきた。
まず、以前の記事で、東京都民は、大前研一を、米英ビジネス思想にそまったインテリと判断し、ユーラシア共産主義思想にそまったインテリと同程度のものとして、自治体首長としては、支持しなかったと書いた。また、それは、単に選挙の当落の問題ではなく、思想の本質として、世界観の質の問題であったと書いた。
では、それは、単に、大前研一氏 個人の問題なのであろうか?
それは、違うであろう。大前氏自身も言ってるように、彼は、世界有数の、世界1といってもいいかも知れない、経営コンサルタント・ファームのマッキンゼーのスター・プレーヤーであり続けたし、CEOにこそならなかったが、アジア地域のトップとして、その頂点を極めたと言ってもいい。
国際有力ジャーナリズムのECONOMISTやWall Street Journalからは、たびたび賞賛を得たし、売れっ子のビジネス書ライターであり続けたし、いまもそうである。
米国No.1(つまり世界No.1の)のビジネス・スクールと言われるハーバード・ビジネス・スクールから、多数の卒業生が、マッキンゼーに入社し、社会のエリートとして、ビジネス界に出て行く。昔の日本で言えば、東京大学の法学部を卒業して、大蔵省に入っていくようなものだ。
ここで、わたしが、気になったのは、大前氏がマキンゼーを退社したあとの言動だ。退社したあとも、しきりに、マッキンゼーを持ち上げ、自分がそこで、いかに重要な存在だったかを語っている。どうみても、会社員としての大前研一の枠から出ていないように見えるのだ。日本を代表する思想的リーダーのはずではなかったのか?なんで、やめたあとも、元の組織から脱皮して、思考できないのだろうか?自由に思考しているように見えて、実は、会社の枠組みから外に出て思考いないし、マッキンゼーの後ろ盾が必要なように見える。自分が世界が認めたエリートだと思いたい、甘いナルシスに浸っていたい。
どうやら、マッキンゼーという会社は、大前を甘やかしすぎたようである。マッキンゼーという会社の懐が大きかったともいえるが、大前を、暴れん坊の孫悟空にしてしまった感がある。大前孫悟空の如意棒は、マッキンゼーの手法であり、觔斗雲(きんとうん)は、マッキンゼーの人脈である。いくら暴れても、結局お釈迦様の手のひらの上という真実もまた、然りである。経典は、仏教ではなく、米英ビジネス思想であるが(笑)。
さて、少し、本題からずれてきたような気もするが、ハーバード・ビジネス・スクール ==> マッキンゼー という米英ビジネス思想の本流をどう考えるについては、また、後日書いてみたい。


世界の枠組みについての未来 | コメント:0 | トラックバック:0 |

地方再生と大前研一

斉藤さんのブログで、松本市の選挙のことがとりあげられています。
斉藤さんの日ごろのブログでは、地方都市の過疎化、不況化がよく指摘されています。
わたしは、地方の状況は、生活実感としては、わからないのですが、もし本当に、たとえば、財政危機とか、地域崩壊のような深刻な状態であるならば、思い切って、大前研一とか、そういうアクが強くでも、頑固に自分をまげないような人を、首長にかつぎあげて、再生リーダーとして、手腕を振るってもらったら、よいのではないでしょうか?失敗するかも知れませんが、うまくいけば、かなり盛り上がると思います。
大前研一さんにしても、もはや、東京や国政では、ちょっと相手にされないでしょうから、へんなプライドは捨てて、名も無い地方の瀕死の町を再生させることにチャレンジしてみたらどうでしょうか?経済的なことは得意中の得意のはずですから、他のことは、あまりできなくても、危機を乗り越える知恵くらいは出せるでしょう。マキンゼーのスター・プレーヤなどという過去の名声が通用しないような日本の現実を身をもって、経験しないことには、彼の政治家としての未来はないと考えています。
ただし、松本市は、小さな無名の町ではないですし、実際には、それほどひどい状況ではないかもしれないですし、まだ、瀬戸際まで追い詰められてはいないような気もします。まだ余裕があるのではないでしょうか?
日本の未来 | コメント:0 | トラックバック:0 |

大前研一の成功と敗北とは なんだったのか その2

大前研一の前回の記事をもう少し書き継いでみる。
前回のまとめは、大前研一氏の東京都知事選での決定的敗北を、「経営と政治は違う」、とか、「政策と選挙は違う」とか、「理想と現実は違う」とかで要約するのではなく、日本の知識人としてのの本質的な課題を解決できなかったために、思想として、世界観として、敗北したという仮説を立てた。
東京都知事選挙は、面白い選挙だと思う。総理大臣は、間接選挙でしか決まらないが、知事選挙は、直接選挙だから、民意がダイレクトに結果に出る。すごい著名人がどんどん出てくるが、あっけなく消えていく。国際的建築家の黒川記章さんのように、落ちて納得して、すぐに永眠した人もいる。
   


     死ぬまえに
   一度は出たい 
   都知事選かな

                  by A.C.



もう一度、そのときの結果の数字を見てみよう。

1位当選 青島幸男 170万票 無所属
2位 石原信雄 123万票 自民、公明、社会 推薦 
3位  岩国哲人  82万票 東京都民党推薦
4位 大前研一  42万票 無所属
5位 黒木三郎 28万票 共産党支持
6位 上田哲 16万票
 
7位 目方文子 1万票
8位 山口節生 6千票



見れば見るほど面白い。共産党の候補者よりは、50%ほど多い。つまり数字だけ見れば、大前のような、米英ビジネス思想に染まったインテリは、ユーラシア共産主義に染まったインテリと同レベルだけど少し良いと東京都民は判断したとも言える。(これはかなり当ってるかも^^)。さらに、東京都民は鋭くて思い切りがいいと思うのは、都市博をどうするかという論点で、きっぱりと「中止します」と公約した青島幸男に投票した。つまり、あれこれカッコイイ能書き垂れてるやつは、きっとなにもしないための理屈も簡単につくれるに違いないと考えたのだろう。小泉純一郎の郵政民営化と同様。結局コンサルタントの人って、実行しない職業だからね。

東京都民が、大前の背後に見た米英ビジネス思想をどれだけ嫌っていたかは、青島幸男以後の知事選の結果を見れば、一目りょう然。3期連続、石原慎太郎氏。国政では、ちょっとリーダーとしては危険すぎる国粋思想の石原慎太郎氏を、うまく知事の枠にはめて、東京都民は満足しているように見える。大前氏の思想と石原慎太郎氏の思想を比べれば、あの選挙の数字の意味がはっきりと理解できる。

続く

↓大前さん、気持ちはわかるんですけどね^^

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大前研一の成功と敗北とは なんだったのか その1

大前研一については、何度か言及してきた。
http://ft2007.blog112.fc2.com/blog-entry-6.html
http://ft2007.blog112.fc2.com/blog-entry-15.html
http://ft2007.blog112.fc2.com/blog-entry-16.html

そして、その日本人としての知性の異質さと、経営コンサルタント兼ビジネス書ライターとしての傑出した成功と、日本の政治家としての決定的な敗北が、Futurist的に、関心の対象であった。

いろいろと検討した結果、やはり、大前研一は、日本の知識人が伝統的に陥ってきた落とし穴に、はまって敗北した、との単純な仮説にいたった。つまり 彼が主張した知識や考え方は、時代的には、進んでいたかもしれないが、日本の知識人が、必然として背負う課題に対しては、古来からの典型的失敗パターンを踏襲して、必然的に敗北した。
厳しい言い方をすると、世界の知識人としては、超一流だったが、日本の知識人としては、2流以下のバカもんだったと見ることもできる。
なぜ そういうことが おきるのか。
知識人は、勉学によって、知識を得、高度な知識を身につけるほど、知識的には、偉くなり、その世界で認められれば、出世して、地位や名誉や金銭を得ることができる。
しかし、知識と現実は、べつの次元の話なのだ。知識は通常、現実を一定のルールで抽象化し、知的能力で処理することで、獲得できるが、それは絶えず現実を見失なって、独善化する危険と表裏一体だ。
そして 自然科学の場合は、比較的に、知識の基準が、世界共通であり、また、前提条件や論証プロセスが、人間主体価値にかかわるものでないかぎり、普遍性をもってうけいれられやすい。たとえば、重要な数学の証明とか、物理学の発見などは、グローバル・スタンダードが存在するといってもいいだろう。つまり、現実から遊離した状態であっても、独善・ドグマ化する危険がすくない。(というか、仮にそう考えておこう)
ところが、人間存在や社会そのものにかかわることについては、そう簡単ではない。世界で支配的な思想や学問で認められても、それが、どこの社会や個人にとっても正しくて、受け入れられるとは限らないのだ。現実から遊離し、独善・ドグマ化してしまえば、その知識は、腐敗し、死ぬのだと思う。あるいは、害悪となって世にはびこる可能性もある。
たとえば、日本でも、世界での共産主義勢力の増大を背景に、マルクス経済学が隆盛した時代があったが、大学の中だけのものに終わった。市場経済のほうが、社会を豊かにし、インターネットのほうが、豊かさと知識を多くの人に広げることができるとわかったからだ。

続く

↓大前さんは、最近は、流行の個人資産運用の分野でも活躍しているが評価は未知数(笑)。彼の文章は、思想の論理より、文学的アジテーションで売れてるような気もするが、ファンはまだまだ多い。

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「大前研一敗戦記」を読む その1

この本はいまは、新刊では買えないようである。近所の図書館で借りた。

なかなか面白かった。ビジネス・コンサルタントとして頂点を極め、経営理論家として、世界的名声を得た男が、日本の歴史を変えようと東京都知事選挙に立候補したが、マスコミや広告会社も巻き込んだ日本の利権構造に巻き込まれ、理想の政策も空しく敗れ去る。(世界中で1回の講演料5万ドル取れるのは、ドラッカーとトム・ピータースとか俺を含めた数人だけだ)(俺は世界一のコンサルタント会社のスーパースターだった。)(その気になれば、ハーバードやスタンフォードの教授にだってなれるぞ) 大前の叫び声が聞こえてくるような気がする。やはりただものではない。しかし、なにかを間違っている。それをもう少はっきりさせていきたいと考える。
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