A FUTURIST’s Blog

ある匿名の日本のFuturist(フューチャリスト)が独自のスタイルを確立するまでを綴るブログ。 当面は、限られた少数の読者を対象として、週一回程度のペースで更新する予定。

FONとFoneroについて

FON(フォン)は、一応、NPOではなく、ベンチャー企業らしいです。
誰でもそのコミュニティに参加でき、自宅に、La Foneraと呼ばれる無線LANルーターを購入設置し、コミュニティに対して、その無線LAN環境を一部共有させることにより、Foneroと呼ばれるFONのコミュニティの会員になります。
すると、全世界に広がる、FONのコミュニティの無線LAN環境を無料で、いつでも利用できるようになります。
なにか、楽しそうですね。ちょっと危ないのでは?と思ったりもしますね。
まま、とりあえず、La Foneraの購入費用は、2000円程度ですから、大したことはありません。わたしは、今日、キャンペーンということで、1000円で買ってきました。
セキュリティ対策は、されており、とりあえず危険はないと考えてもよさそうです。
これが、FON日本法人のWebです。==>http://www.fon.ne.jp/
Wikipediaもどうぞ==>http://ja.wikipedia.org/wiki/FON#cite_note-1
GoogleやSkype、伊藤忠、エキサイトも出資しているとみられます。
通常、屋外で無線LANを接続する場合は、さまざまな公衆無線LAN設備を利用することが多いのですが、とくに、日本では、使えるエリアは、非常に限られています。
FONは、個人の無線LAN設備を利用するので、公衆無線LANではないようです。
もしかしたら、画期的なシステムになるかも知れません。
ちなみに、2007年末の時点で、日本が、FONアクセス・ポイントの数で、世界No.1となっています。
こういう試みがどんどんでてくるというのは、とても良いことのように思えます。
わたしもLa Foneraを設置して、会員になるつもりですので、また、その結果を記事にします。
しばらく、ちょっと注目です。





Futuristの日々雑感 | コメント:0 | トラックバック:0 |

大前研一の成功と敗北とは なんだったのか その3 孫悟空の冒険

大前研一氏については、何度も記事を書いてきた。
その過程で、気がついたことをベースに、思考を進めていくと、ひとつの仮説が浮かび上がってきた。
まず、以前の記事で、東京都民は、大前研一を、米英ビジネス思想にそまったインテリと判断し、ユーラシア共産主義思想にそまったインテリと同程度のものとして、自治体首長としては、支持しなかったと書いた。また、それは、単に選挙の当落の問題ではなく、思想の本質として、世界観の質の問題であったと書いた。
では、それは、単に、大前研一氏 個人の問題なのであろうか?
それは、違うであろう。大前氏自身も言ってるように、彼は、世界有数の、世界1といってもいいかも知れない、経営コンサルタント・ファームのマッキンゼーのスター・プレーヤーであり続けたし、CEOにこそならなかったが、アジア地域のトップとして、その頂点を極めたと言ってもいい。
国際有力ジャーナリズムのECONOMISTやWall Street Journalからは、たびたび賞賛を得たし、売れっ子のビジネス書ライターであり続けたし、いまもそうである。
米国No.1(つまり世界No.1の)のビジネス・スクールと言われるハーバード・ビジネス・スクールから、多数の卒業生が、マッキンゼーに入社し、社会のエリートとして、ビジネス界に出て行く。昔の日本で言えば、東京大学の法学部を卒業して、大蔵省に入っていくようなものだ。
ここで、わたしが、気になったのは、大前氏がマキンゼーを退社したあとの言動だ。退社したあとも、しきりに、マッキンゼーを持ち上げ、自分がそこで、いかに重要な存在だったかを語っている。どうみても、会社員としての大前研一の枠から出ていないように見えるのだ。日本を代表する思想的リーダーのはずではなかったのか?なんで、やめたあとも、元の組織から脱皮して、思考できないのだろうか?自由に思考しているように見えて、実は、会社の枠組みから外に出て思考いないし、マッキンゼーの後ろ盾が必要なように見える。自分が世界が認めたエリートだと思いたい、甘いナルシスに浸っていたい。
どうやら、マッキンゼーという会社は、大前を甘やかしすぎたようである。マッキンゼーという会社の懐が大きかったともいえるが、大前を、暴れん坊の孫悟空にしてしまった感がある。大前孫悟空の如意棒は、マッキンゼーの手法であり、觔斗雲(きんとうん)は、マッキンゼーの人脈である。いくら暴れても、結局お釈迦様の手のひらの上という真実もまた、然りである。経典は、仏教ではなく、米英ビジネス思想であるが(笑)。
さて、少し、本題からずれてきたような気もするが、ハーバード・ビジネス・スクール ==> マッキンゼー という米英ビジネス思想の本流をどう考えるについては、また、後日書いてみたい。


世界の枠組みについての未来 | コメント:0 | トラックバック:0 |

ゆえに、人々は、ジム・ロジャーズを愛する - 中央銀行解体論

日本では、次期日本銀行総裁の人選をめぐって、なにやら、きれあじの悪い状況になっておりますし、アメリカでは、FRBが、サブプライム問題による、景気下ぶれを懸念して、中央銀行として、あらたな手法を打ち出して,対応ということになっております。
しかし、ここで、考えるべきは、そもそも、中央銀行とは、なにものであって、どういう価値があり、なにができるのか、という問題です。
日本銀行法(1997年)第1条および第2条は、、

第1 条日本銀行は,我が国の中央銀行として,銀行券を発行するとともに,
通貨及び金融の調節を行うことを目的とする。
2 日本銀行は,前項に規定するもののほか,銀行その他の金融機関の
間で行われる資金決済の円滑の確保を図り,もって信用秩序の維持に
資することを目的とする。
第2 条日本銀行は,通貨及び金融の調節を行うに当たっては,物価の安定
を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって,そ
の理念とする。



となっていて、
物価(つまり、物やサービスと 通貨=円の価値的比率)と金融システムの安定のために存在すると考えられれます。
逆に、言えば、為替や株価を安定させることは、中央銀行の主要な役割ではないともいえます。
具体的な業務としては、
短期誘導金利を決定したり、公開市場操作という国債の売買を通じて、市場のマネーの流動性を調整してたり、日銀券(現物の通貨)を発行したりしています。金融システムが危機に陥りそうなときは、「最後の貸し手」となって、資金を供与することもあるようです。(http://www.boj.or.jp/type/exp/seisaku/index.htm)
物価がインフレと言えば、金利を上げ、物価がデフレと言えば、金利を下げる。
市場の流動性を資金を使って調整する。
先週、FRBが、ベアスターンズに対して取った対応は、「最後の貸し手」としての行動と見れば、理解できるでしょう。
しかし、逆にみれば、その程度のことしかできないわけです。
資本主義の景気循環の必然性は、まだ人類は、制御可能なレベルになっていない(たぶん。ブログAuthorの理解では)ので、中央銀行ができるのは、調整だけです。アメリカの景気に関しては、ソフトランディングとか称して、景気の下降局面を軽くかわして、いけるかも、という愚かな期待がありましたが、サブプライム・チョンボの爆弾が破裂して、ソフトどころか、戦後最大の金融危機になってしまうかもしれません。笑ってしまいますね。
FRBも最初は、「だいじょうぶ。だいじょうぶ」といっていましたが、もはや、ただ、後手に回っていただけだということが、ばれてしまいました。結局世界をずるずると深みにひきずっているようにも見えます。困りものですね。
そういう状況なので、ジム・ロジャーズのような人が、中央銀行解体論を唱えます。

Q: もしロジャーズ氏が米国大統領またはFRB(連邦準備銀行)の議長でしたら、今回のサブプライム問題にどのような対処をしますか?
ジム: もし、私が米国の大統領であったら、サブプライム問題は無視し倒産する会社は倒産させ、そして再出発する。ウォール・ストリートの投資銀行のいくつかは、倒産するかもしれない。しかし、倒産を回避することは、アメリカ国民にインフレーション、高金利、最終的にはスタグフレーションをもたらし、多大な損害を与える。投資銀行や商業銀行を救済するのは、とんでもないことだ。
もし、私がFRBの議長であったらFRBを廃止して、そして辞職する。この国の最初の2つの中央銀行
は失敗だった。現中央銀行(FRB)も失敗となるだろう。つまりグリーンスパン前議長、バーナンキ議長の政策によって、米国経済は大惨劇となるだろう。
(大和投資信託のインタビュー)

中央銀行は、表面的な対応しかできないのだから、さっさと、解体して、市場原理に解決をゆだねれば、一時的な痛みは大きいけれど、、短時間で回復するから、そのほうがよいという意見です。中央銀行の存在を当然のことだと思っている人にとっては、破壊的な意見ですが、そういう考え方がありうるというのは、貴重なことです。
日本の経済のリーダーで、そこまで、言える人はいないのではないでしょうか?
木村剛さんあたりが、「日銀不要論」でも言い始めると面白いのですが、彼も日銀出身者なので無理でしょう(笑)。
ブログAuthorは、世論は、日銀やFRBの役割を過大評価していると思います。それが、とくに、金融業界の人には、都合がよいからかも知れません。もちろん、中央銀行が愚かな政策をとれば、経済へのダメージは大きいでしょう。ただ、中銀が賢明であったとしても、できることは、極めて限られていると思います。だから、あまり、偉そうにしないほうがよいし、いろいろな判断基準なども、公開して、機密性のすくないものにしていくことがよいと思っています。
しかし、ジムは、いつものことながら、熱いですね。頭だけでなく、ハートでも考えてる感じが素敵です。



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仮想世界SecondlifeとPC環境について その1 PCをグレードアップ

今回は、少し、趣を変えて、Secondlifeが稼動するPCの環境についての記事です。Secondlifeに関心のないかたは、飛ばしてください。Futuristブログとしては、本来のテーマとは、はずれるのですが、Futuristの滞在先(?)としては、かなり快適で、気に入っていますので、前提条件である、PCの構成や、パフォーマンス要件などを書いても、まあ許されると思いました。それに、Secondlifeの稼動環境と性能の関係については、データや情報が少ないのが現状で、少しでも、ユーザー間で、情報を共有することが役に立つのではと思います。
実はブログAuthorは、先月DesktopPCを、グレードアップしました。昨年から、故障で使えない状態っだったのですが、Secondlife(以下SLと略する)を快適に使いたいことから、秋葉原で、パーツをいくつか買ってきて、作り直しました。ちなみにブログAuthorは、DESKTOPは、自作PCを継続しています。
グレードアップ後の主な構成は、

グラフィック・ボード ATI Radeon HD2600XT GDDR4 256MB
CPU          Intel 2.4GHZ 2Core(OC)
メモリー        4GB
OS           Windows XP SP2
ディスプレー    1280x1024
ネットワーク     NTTフレッツ光 + 無線LAN(g)
その他       


もちろん、リンデンラボの推奨条件を軽く、クリアしています。(あ、無線LANは、はっきりしない)
この状態でかなり快適になったのですが、Windlight クライアントでの、自動設定(推奨設定?)だと、グラフィック・レベルは、HIGHになります。この設定なら、通常の使用なら、動きはスムーズそのもので、非常にオブジェクトの立て込んだ場所に飛行で侵入しない限り、つるつる感があります。
しかし、HIGHのデフォルト設定では、描画距離は、128mしかありません。ブログAuthorの実感では、描画距離は、長ければ長いほど、視野の広がりが、精神の広がりに直結するので、カスタマイズして、300M以上に設定を変えています。
新しい場所に、入ったときに、周囲がしばらく、Grey化するのは、システム的に避けられないようですが、できるだけ、この時間も減らせるようにしたいです。要は、一度、テクスチャーをDISKキャッシュに取り込めばよいという話しなのかな。

メモリーは、いま 安いので、4GB いきなり積んでしまいました。(約8千円)
まだ、MAXの3GB+まで使用していません。
グラボは、8800GTと迷ったのですが、前が、ATIの9550Lですから、欲張らずに、いくことにしました。発熱も少なく、ファンも静かですし。しかし、Windlightの設定をULTRAで、描画距離500Mで、常用するには、やはり、8800GT以上が必要と思われます。
CPUは、2.7GHZ程度までOC(オーバークロック)を考えてますが、今の段階で、CPUがMAX(つまり、ワンコアで50%)まで、いくのが、かなり負荷を上げた場合だけなので、しばらくこのままで十分かなという感じ。
ちなみに、今回のグレードアップは、CPUとマザーボードと、グラボと、メモリーと、電源の5点で、総額で 6万円程度で、済みました。









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Futuristとしてのジュール・ヴェルヌ

先日、SecondLifeの中で、友達になったフランス人女性と話していたら、ジュール・ヴェルヌの話題になりました。彼女は、歴史学の修士号を持っていて、いまは、アメリカの大学で、フランス語を教えているそうですが、ジュール・ヴェルヌは、全部読んだと言っていました。
ジュール・ヴェルヌは、フランス人で、同時代(19世紀から20世紀はじめ)のH・G・ウェルズとならんで、SFの父といわれています。
ブログAuthorは、こどもの頃、たまたま読んだ、ヴェルヌの地底旅行(1864)が好きで、なんどもなんども、読み返した記憶があります。ひょんなきっかけから、地球の中心へ向かって旅をし、ふたたび地表へ戻ってくるまでの話です。小学校へいくのが嫌いだったわたしは、想像力の翼を広げて、ヴェルヌの世界に入り込んでいました。
そのフランス女性は、ジュール・ヴェルヌは、Futuristであって、時代に先んじて、未来を予見したと熱く語っていました。
もちろん、19世紀には、作家をFuturistと呼ぶ概念はなかったようですが、科学技術の知識と想像力によって、未来のビジョンを描いたことで、Futuristと考えてなんの違和感もブログAuthorにはありません。
いま、こどもの想像力(おとなも含めてかまいませんが)を、育てているのは、宮崎アニメでしょうか?ポケモンでしょうか?わたしが、ジュール・ヴェルヌの世界に感じたような、現実の身の回りの世界とは、まったく違う、異空間がどこかに存在し、ある扉を開けば、秘密の世界へいくことができる、という感覚を、こどもたちは、楽しめているのでしょうか?いや、もしかしたら、一番、想像力を必要としているのは、現実に束縛されすぎた、おとなたちであり、とりわけ、伝統的な組織やカルチャーに、身も心も染められた、世界のおとなたち、ではないかという気がしてきました。

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