A Futurist's blog

ぐーたら☆Futurist(フューチャリスト)のカールバーグの世界へ ようこそ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

ドラッカー 「経済人」の終わり を読む その2

==>前回の記事で、ドラッカーの”「経済人」の終わり”を読みはじめました。なぜ、いまさら、ファシズムなのか?という疑問もあるでしょう。第2次大戦は、反ファシズム陣営の勝利に終わり、とりあえず世界に自由と平和が戻りました。そして、米ソ対立から冷戦構造の世界となり、その冷戦構造も崩壊したため、現在のグローバリゼーションとマネー流動時代になっているわけです。しかし、世界が、いつ、暗い混乱と未明の時代に入っていくかも知れません。ナチスが政権をとったとき、ドラッカーは、アメリカに逃避しました。われわれも、いつか、どこかの国(そのときは、アメリカではないかも知れません)へ逃避する日が来るかも知れません。

「経済人」のおわり  =要約=

第2章 大衆の絶望
ファシズム全体主義は、ヨーロッパにおいて、ブルジョア資本主義の秩序が崩壊し、マルクス社会主義があたらしい秩序をもたらせなかったために、発生した。
マルクス社会主義は本来の主張であるはずの”階級のない社会”を実現できないことが明白となり、失敗した。
そしてブルジョア資本主義体制における単なる反対勢力のひとつになりさがった。
マルクス社会主義は特権的中間層の問題を解決できない。
マルクスは、中間層の問題を解決できなかったため、「資本論」を完成させることができなかった。
マルクス社会主義革命が先進国で起きなかったのは,ブルジョア資本主義が、特権的中間層を生み出していたからである。
ロシアやスペインやメキシコにおいても社会主義革命のあとに、特権的中間階層が発生して、階級のない社会を実現を不可能にした。
(ヨーロッパでは、すでに、第一次世界大戦が勃発した日に、マルクス社会主義は、本来の意味を喪失していた。)
**
ブルジョア資本主義は、経済体制として、大成功した。
しかし、経済の成長と拡大は、社会的な目的を達成するための手段としてしか意味がない。
ブルジョア資本主義こそ、自由で理想的な社会を自動的に実現するための手段として利潤(利潤動機)を積極的に評価した、最初で唯一の社会的信条だった。(自由で平等な社会は、私的利潤を社会行動の最高の規範とすることでもたらされるとする)
しかし、ブルジョア資本主義の約束は、幻想にすぎなかった。
経済発展は平等をもたらさず、機会均等という名の形式的な平等すら、もたらさなかった。
そのかわりに、閉鎖的なブルジョア階級を作り出してしまった。
ヨーロッパにとって、希望だったアメリカ合衆国の存在も、1929年の大恐慌によるアメリカの崩壊は、ブルジョア資本主義への信頼に回復不能なダメージをもたらした。
**
ブルジョア資本主義もマルクス社会主義も人間を「経済人」と考えるが、もはやその概念は、崩壊した。なぜなら、、「経済人」であることが、自由と平等を約束できないからだ。
(ヨーロッパの基本概念は、自由と平等であり、キリスト教の秩序である。これは、また、ヨーロッパの歴史でもある。)
「経済人」の概念の崩壊によって、人々は秩序ある合理を持った世界観を奪われた
社会は、コミュニティではなくなり、孤立した群集となった。

(続く)









世界の枠組みについての未来 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<8月は、夏目漱石の季節か? | HOME | Cafe好きブロガーのCafe遍歴 その4 BAD ASS COFFEE 海浜幕張>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。