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社会の中のフィナンシャル・フリーダム的個人 その2 年金生活者の場合

前回の記事(==>社会の中のフィナンシャル・フリーダム的個人 その1 金融系の場合) において、金融のプロフェッショナルの事案を中心に、フィナンシャル・フリーダムを概観してみました。
今回は、もっとずっと、身近な、年金生活者について考えてみたいと思います。
普通、会社員は、終身雇用制度のもとにおいては、定年(通常は、60歳)まで、サラリーマンを続け、定年退職後は、いつかは、仕事による収入がなくなり、60才あるいは65才からの公的年金あるいは、公的ではない年金を主な収入として、生活することになります。というか、そういうモデルを前提に、日本の社会は、つくられていると考えましょう。
すると、ほとんどの日本人は、最終的には、例外を除いて、年金生活者というフィナンシャル・フリーダムを獲得すると見ればよいのでしょうか?
ブログAuthor(カールバーグ)の父親は、日本人男性の平均寿命に近づき、当然、会社を、すでに退職して、年金生活者となっています。高校卒業が最終学歴で、どちらかといえば中小企業で、貿易商社の猛烈サラリーマンとして、日本の右肩あがり高度経済成長の真っ只中を生きてきた人です。
小さいですが、住居としての不動産を自己所有し、退職後しばらくは、現役時代のスキルを生かして、コンサルタントをしていましたが、いまは、ほぼ年金(たぶん厚生年金のみ)だけが収入源でしょう。
金融資産は、ほぼ銀行預金のみで、株や債券、投資信託には、ほとんど投資していません。金利が低いので、配当収入もありません。
貯蓄から投資へという流れには、さらからっていますが、いまの、世界経済の現実を見ると、依然として、貯蓄と年金のみのやり方も、悪くないと感じます。もし、貯蓄から投資へという甘言に乗せられて、虎の子の貯金をリスク資産にまわしていたら、いまごろ、暗い顔をしていることでしょう。
日本の高度経済成長の世代は、実は、投資の判断も優れているのではないかと思ったりします。
彼の場合には、貯蓄も十分あり、年金も、まあ、足りてるので、贅沢は、してないけど、「もはや、やり残したことはなく、いつ死んでもいい」と言っていますので、ハッピーな年金生活者であり、フィナンシャル・フリーダムを得ていると言えると思います。
これで、彼の配偶者が生きていて、その年金も収入となっていれば、まず文句のないところだったでしょう。
つまり、高学歴や、特殊な才能がなくても、社長にならなくても、頑張って働き続ければ、誰でもハッピーなリタイヤ生活(フィナンシャル・フリーダム)が得られるという、日本の戦後の社会の価値観(信条)を、実現しているように、見えます。
ブログAuthor(カールバーグ)には、この日本の社会の価値観(信条)は、極めて重要なことに思えます。そして、問題は、いまも、そして未来も、この価値観が維持できるのかどうか、もはや現実的でないとすれば、社会を維持するための新しい価値観(信条)を、どのように建設すればよいのでしょうか?

(続く)


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