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ETV 「吉本隆明 語る」 (続)

以前の記事で、吉本隆明さんについて、書きましたが、その続きを書いてみます。

花を見て、心の中で、「ああ、きれいだ」と思うことが、自己表出であり、それは、他者への伝達を目的とするものではないが、その沈黙こそが、言語の本質であると、吉本さんは、言いました。

さて、次に、

人間と自然の間の相互作用があり、言語表現(自己表出であっても、指示表出であったとしても)をすることは、自然を変化させ、逆に、人間の側も変化させる。


という指摘をしました。これは、ちょっとわかりにくいですが、TV放送でCUTされているところに、もう少し説明があったのかも知れません。ただ、これは、わりと重要なとこかもしれません。

頭の中で、未来(Future)のことばかり考えていると、論文もブログもなにも書かなくても、その人間は、未来的になっていくはずであり、未来(Future)の側にもなにか変化が起きる

というふうに、感じました。
ここのところは、吉本さんは、マルクスの影響を受けているのではないかと推測します。

また、芸術の価値 という概念について、かなり、ユニークな意見を述べています。
西欧近代の、機能主義(FUNCTIONALISM)的な、価値観は、経済的な価値観も含めて、芸術の価値を考えるには、危うい点があって、吉本さん流には、

   芸術の価値は、自己表出と自己表出が出会うところにしか求められない

と断定しています。
彼の考えは、狭い意味では、芸術言語についての考えですが、西欧的な見方に、対して、日本的な独自の思想を提示しているようにも感じます。もちろん、理論の正否については、理論的に論ずる必要があるでしょうけどね。
ただ、芸術の価値、あるいは、人間の心の価値というものは、国家の統制や権威や、市場の経済的な価値や、機能的な価値とは、本質的に無関係で、孤独なひとりの男と、ひとりの女が、永遠の宇宙の沈黙の中で、出会って、恋するのに似てるのかも知れません。
いずれにしても、たとえば、アングロサクソン系の企業に勤めたりするとわかりますが、アウトプットしないと、存在そのものが、認められないような雰囲気があったりして、指示表出としての言語しか、こいつらは、わからんのか、と感じます。
芸術以外の領域に、吉本さんの言語理論をうまく展開していけると面白いような気がします。
仮想世界とSF,表象文化,芸術 | コメント:0 | トラックバック:0 |
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