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坂本龍馬と明治維新 礼賛への懐疑

最近、NHK大河ドラマの影響もあるのか、坂本龍馬ブームが、あちこちで起きている。
ただ、基調は、みなとても肯定的なトーンで、明治維新ふたたび!現代の坂本龍馬待望!みたいな感じがつよいんだけれど、カールバーグ的には、ど~かな???ということも多い。
そもそも、幕末から明治維新とその後って考えると、結構、時代の急激な(革命的な)変化が、起きてしまったので、当時の特権階層の人や知識層をはじめ、ほとんどの人は、なにが起きているのか、何をすればいいのか、すら、相当トンチンカンな状態だったと思われる。
たとえば、ナチスが台頭したドイツにおいて、ドラッカーが目撃した社会の実相を思い出してみよう。その革命的な本質を、ほとんどの人は、勘違いしていた。

ドラッカー 「経済人」の終わり を読む その1
ドラッカー 「経済人」の終わり を読む その2
もちろん、ナチスと明治維新を、同一視してるのではなく、社会が既存秩序を喪失し、革命的な変化にさらされるとき、滑稽なほどシリアスに、めちゃくちゃなことが、平気でまじめに起きてしまうということ。
犬が空を飛ぼうとしたり、メダカが陸にあがろうと(笑).......違うかな
当然、悲惨なことや、残虐なことも、どんどん起きてしまう。
たまたま、日本の明治維新の場合は、うまく、世界の近代化の波をキャッチアップすることに、成功し、アジア圏諸国の中でも例外的に、ある程度ハッピーになったとも言える。
そして、当時の日本の中で、物事を正しく、理解して、正しく行動できた人は、例外的少数者だけだったような気もする。ほとんどの人々は、時代に翻弄され、見当違いの神のために、滑稽で悲惨な人生を生きざるを得なかった。
竜馬みたいな存在は、例外中の例外だし、ほとんど、”まぐれ”の産物だと思ったほうがいいだろう。竜馬になろうとか、なりたい、とか、どうしてそういう楽観的なことが言えるのか、カールバーグには理解できない。
そして、平成維新を起こすとか、起こすべきだという人も、どうして、そういう楽観的なことが言えるのか、カールバーグには、理解できない。
歴史の混沌の中で、ほとんどの人が、間違っているかも知れないようなときに、自分だけが例外的に、真理をつかんでいると、思うなんて、たいていは、愚かな思い込みにすぎない。


大前研一の成功と敗北とは なんだったのか その2
日本の未来 | コメント:1 | トラックバック:0 |
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2010-08-01 Sun 10:54 | | #[ 編集]

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