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ジム・ロジャーズの歴史観 その2 世界の工場の移り変わり

前回の記事で、西ヨーロッパの近代資本主義の盛衰からの歴史的な流れと、21世紀のアメリカと中国の未来について、とくに2回の世界大戦を目印に非常におおまかに概観してみました。また、それ以前には、ジム・ロジャーズの歴史観ということで、19世紀、20世紀、21世紀の覇権国推移をまとめました。
今回は、別の視点でみてみます。それは、世界の工場という視点です。みかんさんの記事では、20世紀はじめのアメリカが、世界の工場と言われていたと書いています。重要なことは、この時、イギリスは、ポンドがまだ基軸通貨でありましたが、経常赤字国に転落しており、現在のアメリカに似ているということです。
いまは、中国が世界の工場と言われていますから、話はわかりやすいのですが、ブログAuthorが少し、近代資本主義の歴史を調べたところ、イギリスは、19世紀には、産業革命をなしとげたあと、やはり、世界の工場となっていたのが、あきらかです。世界の工場という概念は、世界中から原材料を輸入して、高度な技術で加工し、世界中に輸出することです。日本も、戦後の高度成長期には、アメリカのあとを追いかけ、それに近い部分もあったように思われますが、世界の工場というよりは、エコノミック・アニマルとか、経済大国という言い方のほうが多かったような気がするのは、なぜでしょうか?
さて、ここまでの話をまとめると、

19世紀は、イギリスが世界の工場    ==>覇権
20世紀は、アメリカ合衆国が世界の工場==>覇権(イギリスは経常赤字)
21世紀は、中国が世界の工場      ==>覇権(アメリカは経常赤字)


ということになります。
これは、これで、なにかを語っていると思います。
しかし、あらためて、じっくり考えてみると、枠組みが、かなり古典的だとかんじますね。
このあと考えるべきことは、先進国の多くが、いわゆる近代化、工業化の段階を終え、ポスト工業、ポスト近代のフェーズにはいっている状況で、工場のもつ意味が変わっているのではないかという点。グローバリゼーション近代資本主義の展開過程で、本質的にあたらしい経済や金融の状況が生まれているのではないか。そういう議論はいろいろありえると思います。いや、いかに、ポスト工業化社会となり、金融技術が発展し、IT化が進んだとしても、経済の根本は不変だとみることもできましょう。
ジム・ロジャーズという人は、世代的には、ちょっと前の人ですし、あまり、最新の金融技術や、IT革命についても重きを置いていません。それは、ジョージ・ソロスでも、バフェットさんでも同じです。最新のトレンドを追いかけている人の中からは、彼らを超えるような投資家は、現れていないようです。

その辺の話は、またタイトルを変えて論じます。

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